新潟大学人文学部

蕭紅『呼蘭河伝』研究

菅井 悠里(新潟大学人文学部)

今回の卒業論文では、1940年に発表された蕭紅の『呼蘭河伝』をとりあげた。

この作品は七章から成り、そこにエピローグが加えられる構成となっている。第一章は呼蘭県の風景、第二章は呼蘭県で行われている伝統行事、第三章は裏庭と祖父について、第四章はわたしの家の前庭の様子、第五章は団円媳婦、第六章は有二伯、第七章は粉挽きの馮についてと、呼蘭県の風景からわたしの身近な存在である人々へとより細部に視点が移り、各登場人物を取り上げることで不幸の要素がより具体的になることで、人々の不幸の要素が濃く表されている作品である。

第一章では、この作品の背景となる呼蘭河の町全体の様子を考察した。呼蘭県の四季の中で最も長い冬の気候に注目し、この気候が呼蘭河の人々に与えた影響を探り、呼蘭県の伝統行事からこの土地に古くから根付いてきた風習を明らかにした。また、こうした土地柄から、見物や噂話を好むというこの土地独特の人々の性質が見えてきた。

第二章では、わたしの視点で語られた家族や家庭環境から、わたしの生活環境の実態を明らかにすることで、この作品の第三章の役割を考察した。幼いわたしは、家の裏庭や納戸で過ごし、そして家の外の世界を知ることとなった。わたしが過ごしてきた場所の変遷から、わたしの価値観の変化が見てとれた。また、この章の大部分はわたしと祖父が共に過ごした楽しい思い出を語ることで描かれているが、その中のほんの一部として祖母のことが描かれている。わたしと祖母の険悪な関係、祖父と祖母の立場の逆転した夫婦関係から、わたしが成長する過程には、祖父の代わりに家庭を取り仕切る祖母の存在があったからこそ、わたしはおとなしく温和な女性として育つのではなく、逞しく奔放な人生を歩むことができたと考えた。

第三章では、前庭の環境やそこに住む人々の生活の実態を明らかにした。前庭は荒涼としていて、呼蘭河の町同様に自然に任せられた世界が広がっていた。そこで生活する人々も希望を持つことはできず、今を生きることで精一杯だったが、有二伯と粉挽きの馮の生命の概念は受身ではなく、彼らは周囲の意見に惑わされることなく、自分の人生を自らの意志で決めることができたのだ。また、噂話の犠牲者となった団円媳婦と馮の女房には封建社会における女性像が映し出されている。また、彼女たちの人生の選択のしかたの違いから作者自身の成長過程を表していると考えた。

冬の気候が厳しく閉ざされた世界で生きる大多数の人々の消極的な人々の中で登場人物として取り上げられた人々に象徴されているのは、自らの意志で行動を起こそうとする自主性である。作者は呼蘭河での幼少時代を寂しさや悲しさのために悲観的に捉えて、不幸な人生を送る人々に重ね合わせたのではなく、人生を懸命に生きる人々の姿を通して、強い意志を持って自分の人生を歩んできたことを伝えようとしているのだ。


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